Original grail  


         
 間桐の屋敷は開いていた。鍵はかかっていたが、魔術による結界や仕掛けは感知出来ない。その意味では開いていた。

「ふぅん。あのジジィのことだから、またろくでもない小細工があると思ってたんだけど」
「油断するな凛。相手はアサシンだ。どこに潜んでいてもおかしくない。今この瞬間に攻撃してくるかもしれん」
「それを防ぐのがあなたの役目でしょ。期待してるわ。もしもの時は盾になってね」
「・・・地獄に堕ちろ。マスター」

 霊体化したアーチャーの気配が遠ざかる。内部に先行しアサシンの気配を探るのだろう。

「・・・凛!」

 すぐにアーチャーの短い叫び。遅れて応接間に入ると、アーチャーはすでに実体化し、足元のそれを凝視していた。

「慎二・・・」

 床に転がっていたのは慎二の首だった。死の瞬間の恐怖がべっとりと張り付いた形相のまま、首が断ち切られていた。体の方は見つからない。どこか別の場所で殺されたのか。どちらにせよ、臓硯の手によるものなのは明白だった。

「フン、おそらく独断専行の罪を問われたのだろうな。虎の威を狩る狐の末路だ。お決まりすぎてヘドが出る」

 アーチャーは冷たく断じた。凛とて慎二の死に同情はない。歩んできた道からすれば、あまりにも自業自得だ。
 だが、魔術師の家系に生まれながら、一切その能力を持たず、それゆえにもがき続けてきた男。才能にも容貌にも恵まれながら、いつも一番欲しいものだけはもらえなかった男。もしこの慎二に魔術回路が備わっていれば、桜も間桐の家にもらわれずに済み、慎二自身もここまで惨めな死を迎えることもなかったろう。
 それを考えた時、この聖杯戦争がそのまま魔術師の血を巡る争いに思え、

「因業な・・・」

 似合わぬ言葉が、凛の口をついて出た。

「ふぉっふぉっ、遠坂の当代は慈悲深いことじゃな。そのようなクズにも情けをかけるか」
「!」

 凛は指に宝石をつかみ、アーチャーは双剣を構えた。見れば応接間の入り口に、老人が自らの皺に埋もれるようにして立っていた。老人が一歩踏み出すと、部屋中に腐臭が満ちる。
 生きながら腐臭を放つその者が、常人であろうはずがない。

「間桐・・・臓硯・・・!」

Original grail 

             episode3: 黄昏のマキリ

 

「間桐・・・臓硯・・・!」

 抑えきれない憎悪の下に、冷静な計算が走る。
 慎二の首を見せつけたのは、やはり注意をひき、この応接間で足止めする気だったか。だとすると、アサシンはこの部屋のどこかに? この場所自体に仕掛けがあった場合、窓は・・・後ろ。アーチャーに抱えてもらって飛べば、無傷で下に降りられるか。もし窓の外にワナがあった場合は・・・。
 
「案ずるな遠坂の娘。ワシとワシのサーヴァントでは、どうあがいてもお主らには勝てん。
わかりきった勝利の前に、同胞のよしみだ。ひとときの会話ぐらい良かろう」

 臓硯に殺気はない。が、凛にも油断はない。二人の間に転がる生首を示し、

「慎二を殺しておいて良く言うわ。
いいの? そんな奴でも、一応あんたの子孫よ。絶えたわよ。マキリの数百年の血が」
「笑・・・そやつに魔術回路が備わらなかった時点で、マキリの血など絶えておるわ。
残る術は他家から養子をもらい、生き永らえることじゃったが、それももう先程、お主によって絶やされた」

 臓硯の皺がゆがんだ。血族殺しはお前もではないかと、凛を嗤ったのだ。

「思えば慎二も哀れよな。己が器を弁えれば人並みの幸せはあったろうに。
なまじ小才が利いたばかりに、手に余る望みを抱き、ついには身を滅ぼした・・・」

 凛もまた笑った。こちらは、「一笑に付す」と例えるべきで、

「幸せ? 私は魔術師の家系に生まれた時点で、人と同じ幸せなんて期待してなかったわ。
それに身を滅ぼしたんじゃなくて、慎二はあんたが殺した。そして、手に余る望みを持ってるのはあんたも。
それが事実よ。もちろん、あんたがここで私に倒されるのも、事実」
「言うわい・・・! ワシはワシなりのやり方で桜を愛してきた。
慎二を手にかけたも、桜を無理に損なわせたためぞ。そのワシを、お前は討つというのか?」
「言い訳は聞かない。もうお互い言葉が必要な段階じゃないの。間桐と遠坂。長く続きすぎたせいで、生き残りはどっちも一人ずつ。どっちが先に滅ぶのか、そろそろ決め時よ」

 凛の言葉と共に、アーチャーは剣を構えた。その言霊の実行者として。

「そういうことだ。勝利のために手段を選ばん。確かに分かる理屈だが、貴様のそれは少々度し難い。
消えてもらうぞ間桐臓硯」

 臓硯はうつむいた。それは疲れ切ったただの老人のように、

「ふむ・・・それならば仕方がない」
 
 とんと床に杖をついた。

「・・・!?」

 瞬間、膨大な魔力の発動を感じた。目の前の老人からではない。背後。凛は背をひねって、窓へ向く。
 窓、その外に浮かび上がる白い髑髏はまぎれもなく、
 
「アサシン!」

 まとった襤褸を脱ぎ捨て、白面の痩躯は空に舞う。その右腕は奇形の翼のごとく天へ羽ばたき、

「フゥゥ・・・!」

 妄想心音。絶対的な魔力をはらみ、アサシンの長腕が伸びる。伸びる。
 これがアサシン、ハサン・サッバーハの宝具。サーヴァントとしての切り札だった。破壊ではなく、純粋に殺すことのみに特化された呪いの長腕。呪いゆえに、ひとたび発動すればその者の防御力など一切お構いなしに、死へと至らしめる。ランサーたる英霊クーフーリンをも屠った魔腕。人の身に防ぐ術はない。

「どうじゃな! アサシンはマスターを狙っておる。マスターを守りたくば、あの魔腕にサーヴァント自ら向かっていく他ないぞ! カッ!」

 臓硯の高笑いと同じくして、魔腕は窓を叩き割った。凛へと迫り、その胸に呪いの具現化たる偽りの心臓を作り出す。
 刹那。

 −投影、完了−

「うおおおお!」

 アサシンが絶叫した。
 魔腕は凛に届かなかった。凛の眼前でそれは目的を遂げることなく、床に縫いつけられていた。その魔腕を貫くものは無数の剣。否、矢として使われたのであれば、姿形がどうあれ、それは矢だった。そして矢を操る者は。

「見くびるなアサシン。我が名こそアーチャー。飛び道具で私の上を行こうなど、おこがましいにも程がある」

 アーチャーは薄く笑っていた。腕組みをしたままで、地に這いつくばったアサシンを見やる。
 確かに、彼こそ弓兵。遠距離からの攻撃でアーチャーを出し抜こうなど、傲慢を超えもはや不遜。

「アーチャー!」 
「凛、君は臓硯を。不意をつくしか能のない三流には、早々に退場を願おう」

 アーチャーはいつの間にかまた双剣を手にしている。その刃が閃くと見るや、

「くおおっ!」

 首をすくめて剣撃をかわすと、アサシンは縫いつけられた腕を強引に引き剥がし、ブチブチと肉の千切れる音と共に離脱する。間合いをとって反撃する気か。
 
「アーチャー、貴様よくも我が腕を・・・!」

 窓から壁ごと削り取っての飛び退きざま、抜く手も見せず短剣を投げる。眉間心臓横隔膜の三点を確実に射抜く、それぞれ必殺の投剣。

「たわけが。飛び道具はこちらが専門だと、忠告したぞアサシン!」

 だが投剣は、ことごとくアーチャーの撃つ「矢」に弾かれていく。
 
「くっ!」

 一息にアサシンが十本近いダークを放つ。それもまたどこからともなく飛来するアーチャーの矢に撃ち落とされた。ダークの本数は残り少ない。十重二十重の投擲は、無駄にあしらわれていくだけだ。
 
「・・・!」
「まさか本当にそれだけか? だとしたら、サーヴァントも堕ちたものだな。貴様程度で英霊とは」
 
 アサシンは焦っていた。仮にも「暗殺者」として至高の位置に立つ者が、何を、と言うだろう。だが、この相手には勝てない。アサシンとアーチャーでは相性が悪すぎる。
どれほど彼我に能力差があろうと、サーヴァントにはそれぞれ必殺の宝具がある。ゆえに、勝敗の行方はわからない。サーヴァント戦における鉄則である。
 だが、すでにその宝具自体防がれている。いや、防がれたと言うもおこがましい。単に撃退され、粉砕された。アサシンの戦闘スタイルは、相手との間合いを計りつつ、投剣で隙を作り出し、その隙をついての妄想心音。今、アーチャーに投じている短剣は、本来単なるつなぎなのだ。
 だがほとんどの宝具がそうだが、妄想心音も発動までに時間がかかる。セイバーやランサーなど、飛び道具を持たないサーヴァントが敵なら、間合いをとれば宝具は出せよう。が、アーチャー相手には無理な相談だ。
 むしろアサシンはさっきから、短剣を撃ち落としつつ、こちらまで到達してくるアーチャーの矢に翻弄され、必死で逃げ回っていた。短剣が矢に打ち負けている。当然だ。
 アーチャーの矢、その正体は投影魔術により編み出された宝具。ひとつひとつが過去存在した英霊のシンボルであり、必殺の威力を持つノーブルファンタズム。何の魔力も持たない短剣など、その前にへし折られるだけだ。
 となれば戦闘の帰趨自体は「詰んで」いる。あえて言うなら、奇襲が失敗した時点でアサシンの負けだ。この上は逃げて再起を図るよりないが、

「一番、二番!」

 凛は宝石を臓硯へ向け発動する。解放された魔力がおびただしい光となって臓硯を襲う。

「ぐぬ・・・!」

 臓硯があえてこの間桐邸にて待ちかまえていた理由に、地の利がないこともない。
 地下室の工房には彼の飼い慣らす虫どもがうごめいている。今もその虫をかき集めて防壁とし、凛の攻撃を防いでいるが、老いた者と今まさに盛りにある者。魔力の差はいかんともしがたい。そう長く保たないだろう。そして凛と対峙している以上、臓硯の逃走は不可能に近い。

「どうやらあの影は、アンタの手下ってわけじゃなさそうね。今度は誰も助けてはくれない。覚悟しなさい間桐臓硯!」
「小娘・・・! アサシン! 何をしておる! 弓兵ごときさっさと片づけて援護せぬか!」
「・・・と、お前の主は言っているが、どうだ? 片づきそうか?」

 アーチャーはニコリともせずジョークを飛ばす。その間も短剣と矢との激突は続いている。
 援護ならば、先程から凛の方へも短剣を投じている。だが、届いたことは一度もない。矢か、それでなくば双剣の一撃で払いのけられていた。こうなると、室外に陣取るアサシンは不利だ。凛の誘導か、臓硯は応接室の奥の方へと追い込まれている。これでは玄関から応接室にまわって臓硯を確保。しかるのちに撤退、という策もとれないし、飛び道具の応酬で半壊した壁のその際には、アーチャーが揺るぎない姿で立ちふさがっている。
 ついに、アサシンの短剣が尽きた。攻め手を断たれアサシンは、何を思ったか、応接室の隣の部屋に自らの体をぶつけた。アサシンの痩躯が猛スピードで激突し、壁をぶち抜く。

「チッ!」

 死角に入られ、アーチャーが舌打ちする。
 これは一見、自殺行為に見えるが違う。アサシンはこのままもう一度壁を破壊し、応接室に飛び込むつもりだった。さすれば己のマスターとも合流できる。
 と、しかし次の瞬間、ハサンは轟音と共に脇腹を蹴り飛ばされた。すさまじい蹴りの一撃に、アサシンの体は応接間とは逆方向の壁をぶち抜いていた。
 蹴りを放った正体。言わずと知れたアーチャーだった。

「やれやれ。こんな無能にセイバーが負けるとはな。彼女の不注意もよくよく根が深い・・・」

 アーチャーの背後で壁が大穴を開けている。彼がその矢でうがったものか。
 床にだらしなく這いつくばりながら、アサシンは思った。アーチャーは強い。力ではなく、そのあり方が強いと。
 過去アサシンはサーヴァントと三度戦い、いずれも勝利を収めてきた。元々の能力に劣るキャスターはともかく、セイバー・ランサーは名付きの英雄であり、順当に行けば聖杯を手に出来るほどの力と風格とを兼ね備えていた。しかし彼らはハサンの手によって、聖杯戦争から早々に脱落した。ろくな魔力も名も持たぬ、この歪な英霊もどきによって。
 確かに、「影」をうまく利用して立ち回ったのも事実だが、ハサンは、あの二人ならばどういう状況であれいずれ倒せたと信じている。
 セイバーにもランサーにも「持てる者」の傲慢さがあった。力があり、その力を信じるがゆえに、なんとなれば不利な状況も『自分が全力を出せば』と見過ごし、致命的な窮地に陥る。その意味で彼らは「愚か」だ。
 その点、アーチャーは自分の限界を弁えている。だから常に、状況が彼の力量を超える前に処理する。その聡明さは、格下に手落ちを許さない。
 ゆえに彼を打倒するには、単純な力を持って彼を上回る他ない。それは、ハサンには無理だ・・・。

「ライダーは出てこないな。臓硯が回収したものとばかり思っていたが、この分ではマスターの死亡と共に消滅したようだな。残るサーヴァントもこれで三体・・・いや二体か」
 −投影、完了−

 アーチャーの周囲に無数の剣が浮遊している。その矛先が向くはアサシン。
 その閃きを恐れ、アサシンは咄嗟にそのズタボロの右腕を展開した。

「妄想心音・・・!」

 苦し紛れに放った魔腕が、アーチャーに届くわけもなく。

 ザンザンザン!

 全身を刺し貫かれ、アサシンは瓦礫の中に崩れ落ちた。
 と、同時に。

「三番、四番解放!」

 臓硯を、光の奔流が飲み込んだ。


next grail...名門


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