Original grail
ゴッドハンド。かつて十二の試練を乗り越えたヘラクレスは、試練と同じ数の命を与えられた。それがヘラクレスの伝説。
アーチャー二人は、その伝説が事実であったことを知る。
バーサーカーが猛る。巨体をものともせず駆け、ギルガメッシュに己が斧剣を振りかざす。
「ゲート・オブ・バビロン!」
怪物相手だ。まともに打ち合うつもりはない。ギルガメッシュはその財から幾本かの剣を選び、突進するバーサーカーへ放った。
ザンザンザンッ!
「ぬっ!?」
選び抜かれた宝具は、どれもバーサーカーの堅牢な皮膚を破り、臓物にまで達していた。並のサーヴァントならば即死を免れまい。だが、バーサーカーは並か?
否、特級だ。バーサーカーは止まる気配すらない。
「鬱陶しい。まだ消えぬか!」
ギルガメッシュはさらに剣を流星となす。
が、それはバーサーカーの肉に弾かれ、床に金属音をまき散らす。
「ぐっ!?」
と、すさまじい横殴りの一撃が来た。斧の巻き起こす旋風だった。ギルガメッシュはかろうじて引き抜いた剣で受け止めたが、威力の差は圧倒的だ。そのままゆうに数メートルを吹き飛ばされた。
「貴様・・・ッ!」
バーサーカーが吠える。未だ体勢整わぬギルガメッシュへ躍りかかり、
I am born of my sword.
「我が骨子は捻れ狂う」
その背を「矢」が貫いた。
Original grail
episode7: 矢は放たれる
「・・・倒れてくれん、か」
教会が燃えている。エミヤの放った矢は、高性能爆弾ほどの業火をもたらし、バーサーカーを包みこんだ。だが、それほどの炎の中、バーサーカーは傷一つない姿で屹立している。
「Aクラス該当の宝具でこれとはな。半神は、伊達ではないか」
ギルガメッシュは煤で汚れた頬をこする。その横で、折れた剣が消えていった。カラドボルグ2。宝具の自己崩壊による爆破は、本来エミヤ必殺の一撃だった。が、それも決定打にならなかった。
悄然とする二人のサーヴァントに、
「そう落ち込むことはないわ、凛のアーチャー。あなたの宝具はバーサーカーに二度目の死を与えたんだから。並の英霊に出来ることじゃない」
イリヤは薄く笑っている。それは、鼠を捕らえた猫の顔に酷似していた。
「バーサーカーはね、十二個命があるの」
それが、ゴッドハンド−十二の試練−
「今、金色のアーチャーに一回、凛のアーチャーが一回、バーサーカーの命を絶った。二人とも、死ぬまでに何回殺せるかわかんないけど、精々がんばってね」
「器が賢しげに物言うな! たとえ無限に命があろうと、無限に殺し尽くすまでよ」
ギルガメッシュは吠え、そしてエミヤは。
「アーチャー・・・」
心配そうに見守る彼のマスターに、
「心配するな、凛。予定外の相手だが・・・」
そう笑ってみせた。
「別に、倒してしまっても構わんだろう?」
「・・・ええ! 遠慮はいらないわ、ガツンと痛い目にあわせてやって、アーチャー」
無名の英霊が、なんと大胆に言いのけることか。相手はヘラクレス。純粋な能力で言えば、およそ考え得る限り最強に近い英霊だ。
あまりの放言に、イリヤはビックリしたように胸の前で手を組んでいたが、やがてごく平然と、
「だってさバーサーカー。うるさいから潰しちゃえ」
燃えさかる炎を身に巻き、バーサーカーが動いた。
今の宝具の一撃に、エミヤをより危険と判断したのか、今度はエミヤへと駆け馳せる。
「くっ・・・!」
エミヤはデュランダルを投影し、雷撃のごとき剣を阻む。
が、そこへ次の一撃。受け止めるが、一合ごとにデュランダルはきしんだ。
デュランダル。英雄ロランの愛剣。ロランが戦いに敗れ死に行く際、剣を敵に奪われることを惜しむあまり、岩に叩きつけ砕こうとしたが、デュランダルの鋭さは逆に打ち付けた岩こそを砕き、ついに折れることはなかった。
その伝説を持つデュランダルが、ただの岩くれのような斧剣にきしんだ。
「よくもセイバーは渡り合ったものだ・・・!」
たまらずエミヤは飛び退く。追うバーサーカー。が、ふと巨躯が止まった。
「これで、三度目だ」
ギルガメッシュが背後から魔槍ゲイボルグを手繰っていた。槍の穂先が、巨人の背から突き抜けて、胸から顔を出している。
確実に心臓を射抜く槍だ。対象物を「殺す」ことにかけて、この槍の右に出るものはなかろう。
だが貫かれた傷口は泡立ち、再生の気配がすでにある。死の呪いすら、バーサーカーの生には無力だった。
振り回した腕を、ギルガメッシュは跳んで避けた。丁度、エミヤの隣に。
「・・・アレでは呪いの剣で斬りつけようと、一度死ねばリセットされるな」
「仲間面はよすがいい。気を抜くなら、今ここで殺すぞ」
「それは失礼。では、それぞれお互い善処しよう・・・来るぞ!」
「仲間面はよせ!」
胸にゲイボルクを刺したまま、バーサーカーが迫って来る。その行く手阻むは、無数の武具だ。
「ゲート・オブ・バビロン・・・」
「−投影完了−」
両雄は並び立ち、宝具を同時に解き放つ。
英霊きっての宝具使いが、その力をひとつの敵へ振り向けたのだ。
「−−−−−−−−−−!」
ドッドッドドゥッ!!
突き刺さる宝具の雨。バーサーカーが止まる。
なだれのごとき刃を受けて、さしもの巨体も動けない。
切り裂かれ、貫かれ、血はしたたる。肉が裂ける。いくつか命も落としたろう。
だが、バーサーカーは避けようともしない。ただ踏みとどまる。
この嵐が収まった瞬間、確実に敵を仕留める。その決意を秘めて。
ゆえに両者は拮抗。バーサーカーが力尽きるか。その前にアーチャー達の宝具が尽きるか。これはそういう戦いだった。
手をかざし、宝具を休みなく送り続けるギルガメッシュにも、額の汗が目立った。いかに世界最古の王といえど、連戦である。もはや魔力もそうあるまい。
「借りるぞ、ギルガメッシュ!」
不利を悟ったか、エミヤが前へ走り出る。
「何を・・・!」
空中に生まれた一振りをエミヤが横からかっさらう。
そしてそのまま落雷のごとく、エミヤは巨人へ振り下ろす。
レーヴァティン
「終末招く轟炎の剣!」
真名発動。斬りつけた先に炎が巻く。
レーヴァティン。かつて北欧神話、ラグナロクにおいて世界を焼き尽くした炎が、今、ギリシア神話最大の英雄へと襲いかかり、髪一筋に至るまで火に埋める。酸素が爆発したようなものだ。バーサーカーの口腔から呼吸器官、肺まで焼き、瞬時にその命まで燃やしたろう。
炎を逃れ、着地する赤い騎士は、まるでその炎から生まれたかのごとくだ。
「さすが本物は斬れ味が違うな。我が身の至らなさを思い知るよ」
「よくよく人のものを盗むッ・・・!」
「緊急時だ。後で利子はつけよう・・・と、まだか」
エミヤが再び宝具を放つ。それを斧で受け止めるのは、まぎれもなくバーサーカーだ。炎を巻いて、ヘラクレス健在。
辟易したか、ギルガメッシュが吐き捨てた。
「往生際の悪い。何度死ねば気が済む・・・!」
「何度でも、よ」
全身を光らせ、イリヤがつぶやく。
その光がかたちどるのは、令呪だ。
そして光はひときわ輝き、イリヤの意志を力と変える。
「やっちゃえバーサーカー!」
その瞬間、バーサーカーが爆ぜた。ように見えた。
その鋼の筋肉に一層の力が充ち、腕は、アーチャー二人の放つ宝具を、木っ端のようになぎはらった。
「ッ!? 令呪か!」
令呪は『一時的な聖杯の解放』であり、マスターの願いを三度まで叶える。
この時、イリヤが願ったのは「最強のバーサーカー」だった。願いを受け、宝具の雨を、ものともせず進むバーサーカー。
「だから! それをしゃらくさいと言う!」
ギルガメッシュが激怒した。ついに抜いた。エアを。己が最強の一振りを。あるいは、それでなくば倒せぬと踏んだか。異空間にある宝物庫より、その一刀を引き抜く。
「エヌマ・・・!」
しかしそれより早く。
グシャッ。
バーサーカーの斧剣が、ギルガメッシュへ深く入った。
何か硬いものがひしゃげる時の嫌な音をさせて、ギルガメッシュは独楽のように舞った。そのまま教会の椅子をいくつか吹き飛ばし、瓦礫と共に墜ちる。
やがて粉塵が収まっても、金色の王が再び起きあがることはなかった。
「・・・おしまい。これで後はあなただけね、凛のアーチャー」
「・・・」
アーチャーの額に汗が目立つ。こちらも魔力が尽きかけていた。
「でもねぇ、あなたもなかなか面白かったわ。今なら凛を見捨てて、こっち側に来てもいいわ。うん。本当にあなたは優秀。アインツベルンに相応しいサーヴァントだわ」
「なっ・・・!」
凛が息を呑む。マスターの前でサーヴァントに裏切りを勧めるとは。
「得じゃない? 一言『はい』で勝者になれるのよ」
アーチャーは流れ落ちる汗にも構わず、静かにイリヤを見据えた。そして一言だけ。
「・・・君のバーサーカーもそう言うかな?」
イリヤははっとして巨人を見、それから自ら蔑むように、少しさびしげに微笑んだ。
「・・・そうね、考えてみれば、エミヤが私のところに来るわけないもの・・・バーサーカー」
バーサーカーが前に出る。そしてエミヤは一人、剣を紡ぐ。
I am born of my sword...
「体は剣で出来ている・・・」
もはや投影も尽きたか、エミヤが剣で打ちかかる。
無論、まともに打ち合っては、エミヤに勝機はない。
ギィン!
刀を合わせざま、バーサーカーの横を通り抜ける。
再び斬りかかろうとした瞬間、
「−−−−−−−−−!」
ジャラリと。バーサーカーは全身を鎖につながれ、自由を奪われていた。
「−−−−−−−−−!」
バーサーカーがいかにもがこうと、鎖は千切れるどころか、一層その肉を締め付けるばかりだ。ただの鉄や鋼ではあるまい。宝具、それもヘラクレスと同じ、神話クラスの宝具でしかありえない。これほどの英霊を封じ込めるとは。
そして、エミヤはこの宝具を未だかつて投影したことはない。
「天の鎖・・・まさか!」
と、おぞましいものを感じ、エミヤは振り返った。彼の直感が告げていた。
来る、と。これまでの全てが、遊びに見えるほどの魔力が。背後の一振りの剣によって。
「下郎・・・!」
金色が立っていた。先程の一撃に鎧は砕かれたか、裸の上半身をさらし、左腕に握る天の鎖。そして右腕には、いわく言い難い形状の、円柱をかたどった剣。三つのパーツがそれぞれ回転し、障気じみた風が渦巻く。その風がギルガメッシュを取り巻き、全身を黒い陽炎のごとく見せている。風の一吹きですら、セイバーの聖剣を凌ぐ威力だろう。
エミヤならばわかる。それがどれほど異質か。この世界の「モノ」とかけ離れているか それがギルガメッシュ自らの剣。乖離剣エア。
「とくと見ろ・・・この、人の身ではけして及ばぬ、神の力を!」
「やめろギルガメッシュ! それを撃てば、教会ごと消し飛ぶ! 貴様のマスターも!」
叫んだ瞬間、ギルガメッシュが剣を振った。
エヌマエリシュ
「天地乖離す開闢の星!」
「死」そのものが放たれた。それほどに、その一撃は至高だった。
「クソッ!」
よける、という選択肢はなかった。
よければこの場の全員が死ぬ。凛が死ぬ。それなら自分が死んだ方がマシだ。
ゆえに選択肢は「防ぐ」のみ。最速で自己に埋没し、己が所有する宝具の中で、もっとも防御に適したものを選択。ただちに展開する。
「ロー・アイア・・・ッ!」
しかし、ロー・アイアスをものともせず貫通し、エヌマエリシュのエネルギーはそのままエミヤを襲った。アキレウスの投槍を防ぎ、ゲイボルクと拮抗する盾も、紙ぺらと変わりなかった。
「ぐっ・・・!」
ロー・アイアスごと吹き飛ばされて、エミヤは光の中に消え去った。
「アーチャー!」
凛の叫びもむなしい。彼女自身も、宝石による魔力障壁を張り、やっと防いでいるのだ。直撃どころか、ただエヌマエリシュの側にいるというだけで。
「−−−−−−−−−−−!」
そしてその奔流は、容赦なくバーサーカーをも飲み込む。これが世界最古の王。その最大の宝具か。
半神すら震えた。今までは「受け止めて」いた。これはただ「受けて」いる。抗いようもなく、圧倒的な力にねじ伏せられている。天の鎖ごと、バーサーカーごと砕いていく。
「−−−−−−−−−−−!」
悲鳴めいたものをバーサーカーは漏らす。これも初めてのことだ。
バーサーカーの体からブチブチと何か千切れるような音がする。体の再生が間に合っていないのか。再生した側からまた千切られていく肉体の悲鳴か。
体と心。双方のきしみから、初めてバーサーカーは膝を落とした・・・。
「チッ、運の良い奴よ。生き汚いと言うべきか」
血の混じる唾を吐き、ギルガメッシュは一人ごちた。
エアの一撃は、教会を根こそぎ持っていき、天井を空洞に変えた。
そして後に残ったのは、全身焼けただれたバーサーカー。まだ膝を地につけている。だが生きてはいる。もはや虫の息といった体だが、しかし、消えることなくその巨体は存在していた。
「贋作者が、咄嗟に盾を出したか。最後まで小才の回ることよな。あれ無くば、とっくに貴様など亡かった。感謝しておけよ。この世ならぬ場所でだが」
一瞬で消し飛んだとはいえ、ロー・アイアスは確かにエヌマエリシュの威力を削いだ。その結果が、今一歩のところで生き残ったバーサーカーだった。
だが、それが何になろう。傷ついた巨人は、ギルガメッシュの供物にしか過ぎない。愉悦を引き出すために、切り刻まれるだけの存在だ。
いくばくか時が与えられれば、イリヤからの魔力によって、バーサーカーは戦うだけの力を取り戻す。しかしそんな時間を誰が与えてくれるというのか。
「ずいぶんと手間をかけさせたものよ。だが、その躰、再び蘇ることはあるまい」
ギルガメッシュは傲然として言う。
「ここまで我を辱めてくれたのだ、聖杯の器。生かしておいてやるつもりだったが、気が変わった。その器だけいただき、後は犬にでもその骸くれてやるわ。良いな?」
「うそ、こんなにコイツ・・・ううん、そんなこと・・・バーサーカーが負けるわけない・・・! ほら、立ってよバーサーカー・・・!」
イリヤは怯えていた。自分の死にではなく、敗北自体に。敗北にまつろう、サーヴァントの死に。
その声に答えてか、バーサーカーは動かぬ体を揺り起こす。たとえ死すとも敗北はせず。その決意を満身に込めて。
「クハハハハ! まだ勝つ気でいるのか! 良かろう、諦められても興が削げる。器を取り出し、あとはそこの娘にでもくれてやるか! 凛とか言ったな。喜べ、雑種の女が聖杯となるのだ! 望外の出世と言うべきではないか!」
ギルガメッシュの哄笑が響く。そして笑ったまま死んだ。
「・・・人のマスターに手を出さんでもらおうか」
− 投影、完了 −
どさり、とギルガメッシュが倒れる。眉間に突き刺さった短剣。心臓を貫く長剣。
急所を「矢」に撃ち抜かれた英雄王は、実にあっけなく倒れた。
そして、「矢」を放つ者と言えば。
「利子は返したぞ、ギルガメッシュ」
「アーチャー!」
もはやアーチャーと言えば、一人しかいない。
赤い長衣を襤褸のようにまとい、右腕が焼け焦げ炭化していても、それは凛のアーチャーだった。
「何だ凛。もう少し驚いてもいいだろう。君の騎士の帰還だぞ」
「・・・令呪があるんだから、アンタが死んだわけないってわかってたわ」
「やれやれ、もう少し心配してくれると張り合いがあるのだがな・・・っと」
エミヤがよろめいた。慌てて凛が駆け寄り、自らのサーヴァントを支える。
「よく・・・」
「下手に受けていたら、今頃塵となっていたな。ロー・アイアスごと吹き飛ばされたおかげで、右腕だけで済んだ。たまには私にも運が向く」
「そう? 運がある、かしら」
その声は、イリヤのものだ。傍らに雄々しくバーサーカーを従えて。
今の時間、わずかと言えばわずかだが、バーサーカーが戦う力を取り戻すには充分だった。灼熱の呼気をフゥフゥと漏らし、斧剣を握りしめた巨人は、今のエミヤと凛にとって、絶望的とも言える相手だ。
「バカねあなたも。黙って見てれば、私のバーサーカーに倒されずに済んだのに」
「・・・こちらも少し頭に血が上っていたようでな。次回からは気をつけるとしよう」
「次があると思う?」
エミヤはフッと笑った。
「何を。お互い満身創痍。魔力もほとんど空だ。だが、どうやらこれで互角だろう。どちらが勝つかわからんのは聖杯戦争の常だ」
イリヤも笑った。
「・・・そうね」
その笑いに応じてか、バーサーカーが足を引きずるように前へ出る。エミヤも、右腕はもう動かない。左手一本で剣を持つ。
「アーチャー、援護するわ。後ろは見ないで戦って」
虎の子の宝石を指にはさみ、凛がアーチャーに並び立つ。傷ついたバーサーカーにとって、凛の宝石魔術は脅威だろう。
「任せる。間桐の次はアインツベルンと行こうか」
・・・この長きに渡る戦いの決着。
ベルレファーン
「騎英の手綱」
脇あいからの閃光が、バーサーカーを貫いた。
next grail...再び、衛宮士郎